「……ぶいんぼしゅう」

書かれた文字を声に出したのだろうか。

放課後の人もまばらな時間帯、校舎の3階と4階をつなぐ階段の踊り場に少年がいた。
見慣れない顔だ。
上履きの色は見えないが、きっと1年生だろう。どこか、中学生らしさが抜け切れていない幼さを感じる。
少年の他に人はおらず、先ほどの声は誰にかに向けて発せられたものではないのだろう。
少年はそのままの姿でたたずんでいる。
各階段の踊り場には掲示板というものがあり、様々なものが張られている。
古ぼけた交通安全のポスターだったり、はがし忘れたままの生徒会選挙の投票結果、終わったはずの文化祭のポスター、各部活動の部員募集、中にはお悩み相談なんてものもあったりするらしい。
誰かが、誰かに、何かを伝える手段の一つ。


今、あの掲示板には何が張られてるのだろうか?

先ほどの声は、この中のどれを見て出たものだったのだろう?

この少年は何を思ったのだろうか?


このことで、少年の高校生活は何か変わるのだろうか?




4月も終わり、新入生という言葉で表わされることも少なくなった。
入学してばかりのころこそはいろいろと惑ったものの、友達も増え、授業にも慣れてきた。
せっかく入学できたのだから、この榎実第一高等学校を楽しみたいなと考えられるようにもなってきた。
部活動をしてみようかなとも思ったが、中学で何かをしていたわけでもなく入部を決められずにいたら、すっかり時期を逃してしまい、結局帰宅部だ。
慣れてきた分早く帰宅するでもなく、かといって放課後することもなく、同じく帰宅部だったり、部活がない友達と時間をつぶしたりしている。
それはそれで楽しいのだけれど、クラスから離れての行動などもしてみたいと思ったり。
そんな中、この張り紙を見つけたのだ。

学校に来るたびに上り下りする階段の踊り場。
もう見慣れたはずの掲示板。
真新しい張り紙。
人魚姫の絵。

--- 部員募集! 水泳部 プール開きあります! ---

「……ぶいんぼしゅう」
目で追った文字が、口からこぼれた。




近くには誰もいない。
その声は、誰にも聞こえてはいないはず。








少年の高校生活が良いものであることを願おう。






2011/09/24 序章a 公開




水泳部の3つの物語

現在、本編公開未定